「は」こそ日本語だ
文成立の指標としての「は」について
1. 問題の所在
日本語らしさをどこに見るかという問いに対しては、しばしば語彙、音、文字などが候補として挙げられます。 しかし、文が実際にどのように成立しているかに注目すると、より重要なのは語そのものよりも、語と語の関係をどのように示すかであると考えられます。 本ページでは、その観点から「は」こそ日本語だ、という見方を述べます。
2. 例の確認
次の文を見ます。
これらは、英語の語彙を含んでいても、日本語として解釈することができます。 これに対して、次のような形は解釈が難しくなります。
これらは、日本語としてだけでなく、英語として見ても解釈が容易ではありません。 ここで注目すべきなのは、どの言語の語を含んでいるかではなく、文の骨格がどのように示されているかです。
3. 「は」の役割
言語とは「主語:述語」構成をとるものです。 日本語においては、「は」がこの構成を端的に示すマーカーとして働きます。 たとえば「sheはsmart」であれば、「she」が主語であり、「smart」が述語です。 また「sheはrunする」であれば、「she」が主語であり、「runする」が述語です。
ここで重要なのは、「she」や「smart」や「run」が英語由来であるにもかかわらず、「は」によって主語と述語の関係が与えられることで、全体が日本語の文として把握できる点です。 つまり、日本語性を支えているのは語彙の出自ではなく、文成立の形式です。
4. 対照例の意味
一方、「彼女 is 賢い.」や「彼女 走るs」のような形では、その形式が安定しません。 日本語の語を用いていても、日本語の文として必要な結び付きが明確に示されず、また英語の文として見ても十分に整っていないため、解釈は難しくなります。
この差は、語彙の種類の差ではなく、文を成立させる印が何であるかの差として理解できます。 「は」があるとき、主語と述語の関係が日本語の仕方で示されます。 「は」がないとき、その関係は不安定になります。
5. 結論
以上から、日本語であることの中心を語彙の純粋さに求めるよりも、主語と述語の関係をどのように明示するかに求めるほうが適切であると考えられます。 そして、その関係を端的に示すマーカーが「は」であるなら、「は」こそ日本語だ、という表現は、日本語の文成立の核心を指したものとして理解できます。
ここでの主張は、特定の語彙の価値を論じるものではありません。 どのような語を取り込んでも、「は」によって「主語:述語」構成が示されるなら、その文は日本語として成立しうるという点に意味があります。