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◆「が」の来た道。述部の構造化の歴史

高いこの本高い
彼女書いたこの本彼女書いた
彼女賢い
彼女いい
彼女賢い(不自然)
庭に2羽のニワトリいます
リンゴ赤い
リンゴ反射光650nm付近に偏っている

 日本語は「は」で主語と述語を構文分離する。では「が」は?

日本語は主語と述語を明確に分ける文法マーカー「は」を持ちます。

  •  は 
  • 行く川の流れ は 絶えずして
  • 木曽路 は 全て山の中である

もう一つ主語と述語を分ける文法マーカーとして「が」があります。

「が」で生成される文は文の形をした述語です。述語なので、閉じた論理を構成せず、他の主体の説明に使われたり、単体で使う場合は述語単体で使うのと似た効果を持ちます。環境従属文とも言えます。

例えば「彼女良い」の「頭良い」は「賢い」と置き換え可能な述語です。述語「賢い」の詳細文とも言えます。「彼女」に従属しています。

「彼女賢い」は自然ですが、「彼女賢い」は単独では不自然です。「彼女賢い」は「誰が賢いのか?」といった文脈/環境を必要とする非完結性を持ちます。

「雨降っている」なども環境を強く意識させるもので、「昔々お爺さんとお婆さんいました」という物語の始まりも、その非完結性から本文への導入となります。

「が」は語彙の分析的な置き換えにも使われます。これは少ない語彙で概念をまとめ、述語として使えることを意味します。

  • 赤い=反射光650nm付近に偏っている
  • リンゴは赤い => リンゴは反射光650nm付近に偏っている
従属主語(ここでは反射光)に関して分析的に述べることができるからです。
(形態が主語に近いので「従属主語」と呼んでいますが、主語ではなく別の用語を割り当てる方が適切です)

この

  • 普通の主語を表す「は」
  • 環境従属主語を表す「が」
「は-が」の2段構えは何時頃、どのような経緯で成立したものでしょうか?
また、「は」は当初から「庭・に・は」のように「場所格」に主格を与える程の強力な主語提示能力を持っていたのでしょうか?

なお、言語学では

  • 構文構造を表す明示的なマーカーを持たず、構造は動詞-語彙とその他語彙の並び順で推定する。
  • 「彼女(頭良い)」という述語がさらに主語:述語となる構造は想定しない。
  • 主語は述語と対をなすのではなく、動詞の付属物とする

システムとなっていますので 、内側の述語文のみを文と見做し「が」が主語を表し、「は」は構文外要素でありのtopicを表すだけとする場合があります。実際には英語が持っていないのは述語として使える文を生成する「が」なので、有名な「象長い」を表すには「鼻長い」という文の形をした熟語はあきらめ「象長い鼻を持つ」といった文を使用します。

 日本語初発:「は」「が」「の」登場

日本語の基本である「は」は古く古事記で既にほぼ現代日本語と同じ機能で使われています。
「の」、「が」も出ますが、「が」は現代日本語とはことなり、「の」の特殊用途として使用されます。

  • 我れし長く住みし家 妹家(古事記 上巻 須佐之男命段・歌謡)
    和礼之那賀久 住美之家
  • 天の下やも八十氏とひ作る国 天照大神御国(古事記 上巻 須佐之男命段・歌謡)
    阿米能下 夜母 八十氏登比 都久流 國 天照大神 御國
  • うやつみ 山葉のりて 今し さやけくあらずや(古事記 上巻 歌謡)
    宇夜都美 夜麻波 能理弖 伊麻志 佐夜氣久 安良須也

古事記は歌謡部は和語の文法で書かれていますが、地の部分は基本的に漢語(ほぼ中国語)になっており、当時の日本語の様子のしれる文献は万葉集を待たなければなりません。

 「が」と「の」;万葉集(飛鳥~奈良時代)

 「は」による主語提示は古代から和文構文の基本

古事記でも和文構文の基本として使用されている「は」による主語提示は万葉集でも使われます。

  • 田子の浦ゆうち出でて見れば真白にそ富士の高嶺に雪降りける(万葉集 巻3・歌318 山部赤人)
    田兒之浦従 打出而見者 摩白衣 不盡能高嶺尓 雪零家留
    摩白衣:麻之路尓曽(他伝)
  • 大和に群山あれどとりよろふ天の香具山登り立ち国見をすれば国原煙立ち立つ海原はかまめ立ち立つうまし国そ蜻蛉島大和の国は。(万葉集 巻1・歌2 舒明天皇)
    山常村山有等取與呂布天乃香具山騰立國見乎為者國原波煙立龍海原波加萬目立多都怜可怜國叙蜻嶋八間跡能國者
  • 去年見てし秋の月夜照らせども 相見し妹いや年離る。(万葉集 巻2・歌211 柿本人麻呂)
    去年見而之秋乃月夜雖照相見之妹者弥年放

場所格「に」に「は」を重ねて場所を主語とする「大和には」という用法もすでに確立されています。

 名詞 + の/が + 名詞

古い日本語(万葉集が編纂された時期の頃)は名詞の範囲指定による名詞修飾(名詞-が/の-名詞)として という形での「の」「が」を使う類似構文の混在していました。

  • 春日野若菜摘みにと 来し我ぞ 野をなつかしみ 一夜寝にける(万葉集 巻10・1879番 詠み人知らず)
    春日野 若菜摘尓等 来之我曽 野乎奈都可之美 一夜宿尓家流
  • 竹敷の玉藻なびかし漕ぎ出なむみ船をいつとか待たむ」(万葉集 巻15・3705番 詠み人知らず)
    多可思吉能多麻毛奈婢可之己芸泥奈牟美布祢乎伊都等可麻多牟」

 名詞 + の/が + 動詞連体 + 名詞

これは現代日本語では「の」「が」の区別なく使える構文です。

万葉集ではほぼ差異はなく使用されます。ただし、「の」が自然物に、「が」が人間に使われる傾向があります。

  • 秋風吹きにしよりいつしかと我が待ち恋ひし君そ来ませる(万葉集 巻8・1523番 詠み人知らず)
    秋風吹尒之従何時可登吾待恋之君曽来座流
  • 荒雄ら行きにしより志賀の海人の大浦田沼はさぶしくもあるか(万葉集 巻16・3863番 伝承歌)
    荒雄良我去尒之従志賀乃安麻乃大浦田沼者不楽有哉

 名詞 + の/が + 形容詞 + 名詞

これは現代日本語では「の」「が」の区別なく使える構文です。

万葉の時代であっても可能な構文だと思われますが、万葉集にその例を見ることはできません。

 名詞 + の/が + 述部(動詞/形容詞) で文を構成

これは現代日本語では「が」で使用する構文です。

万葉集には例はありません。

 「が」による述部構文の出現(平安期)

 名詞 + の/が + 名詞

大きな変化はありませんが、「の」が範囲格としての論理性を高め「ほど」などの抽象要素も使い多段化する傾向も見られます。

  • いづれ御時にか、女御・更衣あまたさぶらひ給ひける中に、 いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめき給ふありけり。 はじめより御心あつくおはしまして、(源氏物語 桐壺の巻)
    (いとやむごとなき際にはあらぬ;は「ないものが」という体格から主格へ移行する過渡期的な性質を持つと捉えることもできる)
  • いと興あることどもを言ひ集めて、夜ふかう語り明かし給ふに、 かかるありさまは、 こそ、なほいと知りがたきものなれ。(源氏物語 帚木の巻)
  • ありさまを、さまざまに品定めし給ふに、 ほどは、いと知りがたきものにこそありけれ。(源氏物語 帚木の巻)

 名詞 + の/が + 動詞連体 + 名詞

  • さすがに、言ふことは強うもいなびぬ御心にて、 答へきこえで、ただ聞けとあらば、

 名詞 + の/が + 形容詞 + 名詞

「の」を使った形式は見られるようになりますが、「が」を使ったものはまだ見られません。

  • いとらうたげなる人の、いとあはれなるにて、 見まほしくおぼえ給ふ。(源氏物語 若紫の巻)
  • 心の清くあらむ人は、いかでかかることをば思ひよらむ。(枕草子)

 名詞 + の/が + 述部(動詞/形容詞) で文を構成

名詞を飾るのではなく、「が」で述部の構造を作り、「は」による「主語+は+述語」構文の述語部に置く論理階層化した文「主語+は+従属主語+が+述語」が登場します。

  • 女君心地いとわろくおはすれば、人々もいと心苦しと思ひきこえけり。(源氏物語 若紫の巻)
  • いとあかく射し入りて、いとをかし。(更級日記「竹芝伝説/あるいは火桶の僧の段の直後」)

「は」を用いた多層構造文でない使用でも、現代日本語と同じく、条件であったり、他文からの参照を前提とするなどの、非完結文を構築します。

  • 女などのありさま、さまざまにて、心がうつろひやすきものなれば、深く頼むべきにもあらず。(源氏物語 帚木の巻)
  • 月がいと明かく出でて、空のけしきもことにをかしきに、 (源氏物語 第10帖 賢木)

「の」を用いた構文も残っていますが多くはないようです。

  • 春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、雲の細くたなびきたる。(枕草子)

 「が」と「の」の分離完了(鎌倉~室町)

おおよそ次の年代で、「が」と「の」の機能分担が現代日本語と同じとなります。

  • 名詞+の+動詞(主格的「の」)
    例) 雲の細くたなびきたる
    👉 「の」は鎌倉期に急速に衰退。名詞の範囲を示す性質が強いため、独立した述部を作れず、現代でも連体修飾節内のみに機能が限定される。
  • 名詞+が+名詞(連体的「が」)
    例) 女が心
    👉 「が」は室町期に主流から脱落。「が」は動的な述部を構成する主格マーカーへと特化した。

 まとめ。「は」こそ主語を示し、「が」は歴史的にも後付け

言語の根本は主語と述語を分けることです。

日本語はこの根本を純粋にマーカー「は」を用いることで実現しています。
これは最古の正式文献に既に登場する、日本語の骨格です。

当初述語部は「の」「が」を用いた名詞の静的な階層による構造化を行っていましたが、動詞を用いる述語文を構成するようになりました。この時「が」が選択され、「の」と「が」の機能分岐が起こりました。
「の」は静的な概念範囲(Scope)を規定する力が強く、名詞の修飾に特化しました。対して「が」は、環境や状況を動的に解析する「環境従属文」の主格へと進化しました。
述語化において

  • 「彼女が書いた本」=>「その本は彼女が書いた」が成り立ち、
  • 「彼女の書いた本」=>「その本は彼女の書いた」が成り立たなくなった
述語文として独立しない名詞修飾は「の」と「が」は現在でも同じ機能を持ちます。(冒頭の例文)

述語部文という形はその後、単体で用いられるようにもなりましたが、その環境従属性は今もそのままであり、「が」を用いた文は未解決性、外部参照性、状況要求性を持つ特殊なものとなっています。

  • 現代日本語では「は」こそ主語、「が」は環境従属主語
  • 「が」が環境従属主語として成立したのは平安時代

 補足「主語(subject)」とは

言語は
  • 主語(subject)
  • 述語(predicate)

日本語は「は」を用いて主語(subject)と述語を文化し明示するsyntax機構を持ちます。主語は「文の主語(subject of sentence/SoS)」です。

統語論では主語(subject)は文を制御するものとは扱われません。 動詞の項(argument)の一つとされます。動詞の主語(subject for verb/SfV)です。 主語:述語という対ではなく、主語-動詞なのです。それは述語が一つの動詞しか持たないという事に立脚していますが、文の形をした述語など想定外なのです。
「彼女は頭が良い」では文の形をした述語「頭が良い」の主語として彼女があっても、主語は述語の主語ではなく動詞相当の「良い」の主語「頭」のみ主語とします。「彼女は」は取り扱い様がないので、構文とは別の主題(topic)などといった扱いにされます。「が」がsubjectを表し「は」はtopicを表すとするのです。
「が」の特殊性を考えると「は」がsubjectを表し、「が」は要素(element)を表すという方がより実態に近いはずですが、そのようにも取り扱われないようです。
「は」や「が」は構文マーカーであり動詞ではないため、極論として日本語には主語(subject)が無いなどとする論が展開されることもあります。

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