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◆日本語の規範文法-1;基本構造「は」と「が」

 考察範囲

現代日本語の基本的構造をなす次の構文について考察する

  • xΡ
  • xΡ
  • yxΡ

 基本用語(主体/命題と主語/述語)

「主語」「述語」という用語を概念を広げ「主体」「命題」として取り扱う。「主語」「述語」はそれらの限られた用途に用いる概念であるとして、本規範では使用しない。

音声または文字による発話の中で意味を持つ最小単位を「単語」と呼び、 単語または単語の組み合わせによる何らかの「主体」に対し「命題」が成り立っていることを表す形を「文」と呼ぶ。
文または文の構成要素が何らかの前提に於いて発せられるときこの前提を「文脈」と呼ぶ。

「命題」とは文脈に於いて事象/状態を成すものであり、論理判断の対象とされる。例えば「何を食べたいか?」という問いが文脈としてある場合、「ウナギ」という発話は「ウナギを食べたい」という命題の提示である。

「主体」は「命題」が成り立つ対象であり、例えば「何を食べたいか?」という題が文脈としてある場合、「僕はウナギ」という文に於ける「僕」は「ウナギ」即ち「ウナギを食べたい」という命題が「僕」に関して成り立っているということを表す。「は」については後述する。

「主体」は命題がなりたつ対象であるが、主語と異なり、動作主体、同値主体、属性保持主体である必要はない。例えば「水が飲みたい」という文では「水」は主体であり「飲みたい」という命題が水に関して成り立っていることを表すが、飲むという動作主体ではない。「僕が飲む」といった動作主体となる限定された状況の主体は「主語」と言えるが、日本語の解析としては適切ではない。

xに関しΡが成り立つ;陳述構文「は」と命題構文「が」

現代日本語の基本は次の論理の提示である。

    xに関しΡが成り立つ

この提示は2種の「格助詞」を用いて行われる。

  • xΡ ; xに関しΡが成り立つ
  • xΡ : xに関しΡが成り立つ

この2種は提示される論理は同じであるが、異なる目的で発話される。

  1. 「は」
    単純に論理事象を表明する
    「陳述構文」と呼ぶ
  2. 「が」
    提示した論理事象を新たなレベルの「命題」として論議対象とする
    「命題構文」と呼ぶ

 論理の階層化

これらは階層化して用いることができる。

  • yxΡ ; yに関し(xに関しΡが成り立つ)が成り立つ

これらを階層的に使用する極めて重要な用法として、「が」での命題提示機能を「語彙」の代わりとする形がある。

  • 象「は」"賢い"
  • 象「は」"頭「が」良い"
    - "賢い"という語彙の代わりに"頭「が」良い"という文を使用

多数の語彙を用意しなくても単語の組み合わせでその機能を果たせるのは日本語の大きな特徴である。

例えば「良い」という語彙と別の語彙を組み合わせ多くの命題/概念を表すことができる。

  • 目が良い;鷹は目が良い
  • 勘が良い;彼女は勘が良い
  • 腕が良い;その大工は腕が良い
  • 居心地が良い;ここは居心地が良い
  • 見通しが良い;この計画は未通しが良い

「が」は一般的に語彙レベルを超えた命題の提示にも使用される。

  • 水が飲みたい;僕は水が飲みたい
  • 空が飛べる;昆虫は空が飛べる
  • 桜が多い;この通りは桜が多い
  • 鼻が長い;象は鼻が長い
  • 私が指揮する;現場は私が指揮する

 「は」「が」単独使用時のニュアンス、話者の心理

「は」はその論理は完結しており疑問を挟む余地はない。これに対し「が」は命題提示でおりその論理に対して別途なにかを言うものとなる。

例えば

  • 僕はやる;これは陳述であり通常評価を付加することはない
  • 僕がやる;これは命題提示であり別話者により「いや僕がやる」といった否定命題が提示されることがある

「が」は命題提示であり、それに対し論議するので、文脈上初出で今後発展する事象人物等の導入に用いることもある。

  • 昔々ある所にお爺さんとお婆さん「が」いました。

「は」は陳述であり、論議の対象ではないので、物語の舞台の提示などに用いることもある。

  • 木曽路「は」全て山の中である。

 「は」「が」に於ける主体と命題の論理結合性

「は」と「が」は主体と命題の論理対応を示すことでは同一機能を持つが、命題により論理結合性に若干の差がある。

命題が動作の場合、「が」で接続すると「主体」は「動作主体」と見做される。しかし「は」で接続すると、より広く解釈される。

例えば「が」では

  • 水が飲みたい;水は"飲みたい"の主体であるが、水が"飲む"動作をするわけではない
  • (非文)水が飲む;水は"飲む"動作の主体と見做され、通常ありえない論理状態となる

これに対し「は」では

  • 水は飲む;水は"飲む"の主体ではあるが必ずしも動作主体とはみなされない。

次のような並列する逆論理陳述の提示で用いられることが多い

  • 水は飲む、しかし、お茶は飲まない;2つはそれぞれ別の否定不能な陳述文

 とりうる主体の範囲

ここでは「体言」「格助詞」「XXX格」という用語を用いる。これらは今後別文書で詳細に定義する。

基本として主体となるのは名詞またはそれに準じる「体言」である。

「は」は「が」より強力な論理接続機能を持ち、他の「格助詞」を用いた句を体言化して用いることができる。

  • 庭「に」「は」鶏がいる;舞台格助詞「に」により提示された庭という舞台を主体とし"鶏がいる"という命題がなりたつと陳述している
  • (非文)庭「に」「が」鶏がいる;「が」は通常体言しか主体としてとりえない

 参考文献

以下の文献を参考した。

万象酔歩 にはこれ以外にも多くの記事があるが、それらは本規範の元になるものでも、補足するものでもない。

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