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◇言語/文の最低構成要素

 文の最小構成は、対象と対象に関する何かから成る

言語と呼べるためには「文」が構成できることが必要です。

文と呼べるには対象と対象に関する何かを示していることが条件です。
文の最低構成は主体xに関して命題Pが成立しているという論理の表現です。

例えば「ピーッ」が集合せよという意味で、「チーッ」で注意せよという意味だとしても「ピーッ・チーッ」では文ではありません。
「チーッ」は「ピーッ」に関し何かを示してはおらず、単に並列関係だからです。
同様に時系列で並べたものも文ではありません。

言語を構成しないが記号化された意味は持つという事象の説明を言語で行う場合、誤解が生ずる可能性があります、

例えば「ジジジ」が「タカが来た」という意味だという説明を聞くと言語的に思えますが、「タカ」と「来た」で構成されている訳ではありません。
文と言えるには「タカ」などの主体とそれに対する説明「来た」などの組み合わせが必要です。
「ジジジ・ヒュー」で「タカが来た」、「ジジジ・ジュー」で「タカが去った」、「ピピ・ヒュー」で「ヘビが来た」、「ピピ・ジュー」で「ヘビが去った」といった形です。


もちろん言語活動に於いて発話が必ずしも「文」を構成するとは限りません。

例えば「何を食べたい?」という文脈において「ウナギ」という命題を表出すれば、 主体「ウナギ」に関し「食べたい」が成り立つこと、さらに暗黙の主体「僕」を持つ「準文」とは言えますが「文」ではありません。
常に「文」を発する訳ではなくとも「僕はウナギ(僕に関して"ウナギ"がなりたつ)」など文が構成できることが言語の条件です。

 補足:文の主体=主語ではない

「言語/文には必ず主語がある」という意見があるようです。

「主語」をどう解釈するかという問題はありますが、一般的には主語は「動作主体」「同値主体」「属性保持主体」などの限定された主体を指します。

「ウナギが食べたい」の主体「ウナギ」は文の主体ではあってもこの限定的主語ではありません。
「外は雨が降っている」の主体「外」は主語ではないという意見もありそうです。


「文に於いて主語は重要な要素ではなく、述語が文の中心である」という意見もあります。

これも「主語」の限定性のため役割を低く見たものであり、文の中心は「何について述べるかという対象」の表示「主体」であり、述語はその説明です。


文法解釈から「主語」をなくしましょう。

日本語だけでなく「There is a book.」だってThereについて述べているのであって文の「主体」はThereなのです。「主語」などと言い出すから、この明らかな「基本文型」が文法解釈「基本文型」から外されることになる。

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