« ◇例え予測が入るとしても「今」を「現在」に | トップページ | ブログ10年 »

◆サイコロとカードと酔歩と量子力学

 サイコロとカードの確率

6人にそれぞれサイコロを1個ずつ配ったとします。

6人の内5人がサイコロを振ったとして、残りの一人はどの値になるにしても確率は1/6です。
もちろん最初に全員が振って、結果を後で一人ずつ見るのでも同じです。

1~6のカードを6人に配ったとします。

6人の内5人がカードを開くと、残りの一人のカードは決まってしまいます。

カードを配った段階ではその一人のカードがどの値になる確率も1/6です。
その後、誰かがカードをめくると、他の人は何もしていないのに、確率が変わっていく。

サイコロとカードでは確率自由度が違うのです。確率論では余り取り上げていないような"気がします"。

量子力学で扱う確率はこれらが入り混じったものです。
しかしながら一部学者と科学ジャーナリストは「サイコロ」しか頭に思い浮かべないため、 「観測量子論」や「量子もつれ」などおかしな方向に話が流れて行ってしまいます。

 酔歩と確率

酔歩とはある状態を元にランダム性を持って次の状態に変わっていくことです。
主に位置に注目することが多いのですが、位置以外の属性であっても酔歩と呼ぶことに問題はありません。

酔歩はサイコロやカードと異なり時間軸に沿った変化の積み重ねです。

一個の酔歩粒子の位置変化のみを考えると、時間に応じ存在する可能性のある場所は広がっていきます。 これはおおよその計算をすることができます。

しかし位置を重ねることができない2個の酔歩粒子が存在し、互いに影響を与える場合、それらのふるまいは全く予測不能なものとなります。

量子は「サイコロ確率」「カード確率」「酔歩確率」が複雑に絡み合います。

 カード配りを量子もつれ学者は理解しているか?

小学校の時、どういう成り行きでそうなったかは忘れたのですが、 「1~Kの13枚のカードを配った場合、12人がめくった時点で最後の一人の札は決まってしまう」 というごくごく当たり前のことを、先生が「おかしい」と言うのです。
友達はみんな理解しているのですが、先生は「確率」の話を持ち出し、この当然のことを納得してくれませんでした。

「誰かがめくるたびに、他の人の可能性をつぶしていっている」と言ってもだめ。
「この試験を繰り返せば確かに1/13の確率なんだけど、各回の試験の中では、徐々に可能性が絞られる」と言っても納得してもらえませんでした。

どう言えば説得できるんでしょうかね。

「観測量子論者」や「量子もつれ論者」の言っていることを聞くと、どうしてもこの時の状況を思い出してしまうのです。

|

« ◇例え予測が入るとしても「今」を「現在」に | トップページ | ブログ10年 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ◆サイコロとカードと酔歩と量子力学:

« ◇例え予測が入るとしても「今」を「現在」に | トップページ | ブログ10年 »