◇にて
「にて」の構造
「にて」は基本的には「で」とほぼ置き換え可能なものですが、 目的地(条件)格「に」の複合であることによって、目的地(条件) としてのニュアンスを含むものとなります。
「これにて一件落着」は「これ」というのが目的条件となります。
「何月何日どこどそこにて」は時間、場所が前段部の目的条件です。 その条件が後に続く動作の開始条件となります。
「に依って」「に於いて」の省略形と考えるべきかもしれません。
「て」が何者であるかに関しては別途考察が必要です。 ◇"てにをは"の"て"の謎参照
「にて」の違和感
「にて」は現代日本語に於いて、会話体で使用されることはまず ありません。
最も普通に用いられるのは時間場所を指定し、文を打ち切る形です。
たとえば
「2012年ウインターコンサート 2012.2.19 サンパール荒川にて」
といったものです。
ごくまれに、条件格(道具格)「で」の代わりに使われる文章を
見かけることもあります。
例えば
「画像はフォトショップにて加工したものです」
実はこの書き方にとても違和感を覚えてしまうのです。
「で」でいいじゃないか。何を古文気取りしているんだ!
文の打ち切り方としての「にて」も勿論古さは感じさせるものですが、 格助詞「で」での文の打ち切りには若干抵抗があるため、納得できる 使い方です。
条件/道具を表すため文中で用いる「にて」には古さを超えて使用すべき理由が あまり見つかりません。
唯一理由としてありうるとすれば、条件/道具の選択自体も目的格
として取り扱いたい場合で、例えば
先ず180番の紙やすりで荒く仕上げ、徐々に目を細かくし、
最終的には1500番にて仕上げとします。
などであれば、若干納得可能ではありますが、それでもやはり
現代日本語としては「で」を用いるべきでしょう。
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特に文中での「にて」の排斥を声高に叫ぶものではありません。
まあ、普通の人は使いませんしね。
###本筋とは全く関係ないわき道(「にて」で思い出した)
ネビル・シュートという作家の「渚にて」という近未来SF小説が あります。北半球で核戦争がありオーストラリアだけが助かるのだけど、 やがて放射能が赤道を越え迫ってくるというストーリーです。
映画化もされました。とても好きな映画「でした」。
生存者からと思われる電波の出ているニューヨークへ出発する 潜水艦とそれを浜辺で見送る女性というポスターは 見たことがある人も多いのではないでしょうか?
迫りくる放射能のため、人々はもう長くは生存できないという状況に 心が詰まる物語です。
ある物理学者が残り少ない時間の中で、夢だったカーレースに 出て優勝するシーンなど、本当に感動的で深く心に残りました。
大好きな映画だったのです。
が、、、DVDで見返すと、、、つまらない、、、
本当にがっかりしました。「見るんじゃなかった。好きな ままでいたかった」。
「2001年宇宙の旅」も「七人の侍」も「ゴジラ」も 「サウンド・オブ・ミュージック」もDVD/BDで何度見ても すばらしいのに、この「渚にて」はがっかりだったのです。
実は買ったまま見ていないDVDがあります。
「雨月物語」
色んなシーンが記憶に残っている大好きな映画なのですが、 怖くて見られません。「つまんなかったら、とても悲しい」
...ということで「にて」とは無関係にて失礼。
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