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◇怪しい仮説vs怪しい反論:水棲人類説をめぐって

そんな事はないだろうなあ、と思いつつも、魅力的な仮説。

「人類は水辺で半水棲生活を送ることにより、直立二足歩行と、 毛に覆われない肌を獲得した」という説です。

体温を下げる意味を持たない程大量の流れる汗をかくことも、 長く息を吐くことができ言葉を話せるようになったことも、 水棲生活をしていたことで説明がつくということです。

つまらない証拠としては手の親指と人差し指の間の水かき。

この説の魅力は人間の特徴の殆どに理由を付けることができる ことです。

一般的なサバンナ説も、どうにも無理を感じるのです。だって、 同じ条件の他の生き物がみんな毛におおわれたままだしねえ。。

「サイエンス」の2010年5月号に 「なぜヒトだけ無毛になったのか」という記事があり、 その中に「水棲人類説は筋が通らない」コラムがあって 3点の反論が出ていました。
しかし、いずれの反論も怪しいのです。
第1の反論では「動物の毛深さと生息環境には単純な相関関係はない」と 言っているのですが、単純ではない相関関係が確かに あるように見えます。
第2の「湿地にはワニやカバがいて弱い人間が生き残れた はずがない」というのはサバンナでも色々な捕食動物 がいた訳で同じでしょう。
第3の「半水生を経由したというのは複雑すぎる」というのは 例えば、クジラやイルカが地上生活を経由して海に戻った のは複雑すぎると言っているのと同じです。

「サイエンス」の記事はまっとうな反論ではなく、 殆ど感情的反発に近いように見えます。
昔「恐竜の絶滅は隕石の衝突による」という説に対して 「絶滅は時間をかけておこったのであり隕石などあり得ない。 外部要因を持ち込むのは科学的態度ではなく子供っぽい論だ」 という反論があったのを思い出します。
ミトコンドリアの細胞内共生説に関しても「ミトコンドリア は単体では生物として存在できないし、 進化的に無意味に複雑だ」と いう反論がありました。

ある説に対し 怪しい反論しかでてこないというのは即ちその説が正しい からではないか。

「恐竜の絶滅は隕石の衝突による」も「ミトコンドリア共生説」 も怪しい反論を読むたびに、逆にだんだんと本当なんじゃないかなあ と思うようになったのですが、この水棲人間説も、 このサイエンスの怪しい反論で逆にほんの少しだけ「あるかも」と 思えてきました。

水浴びを喜ぶ人間の子供と、水を怖がるチンパンジーを 見ても「水」が人間の進化に大きな関係を持っている と思わざるをえない。
。。。とは言え「やっぱり違うだろうなあ」となるのは なんででしょうね。自分としてこの説に確たる反論はなく 魅力も感じているのに信じることができない。
なんか怪しいんですよね。「出来すぎ;都合よく理由が付きすぎ」の 怪しさでしょうかね。

まあ進化の話は実験で確かめられる訳でもないし、 残っている証拠も少ないですし、そもそも偶然の積み重ねですからねえ。 殆どの説がそれぞれ怪しい。

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怪しい、信じることができないと言いながら、その派生の妄想。

イヌ(狼)も水辺(それも北方の)で進化したのではないか。犬 はラッコやオットセイになりそこなった生き物ではないか。

体毛を失うまでは至らず、大量の汗で体を冷やす機能までは 得られなかったが、水になじみ、長い呼吸法を得、遠吠えなど ができるようになった。
大陸内部に残った猫類は水になじめないままとなった。

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水面の認識が水棲人類説の補強材料になるのではないかと いう記事を ■水平鏡像の不思議と魅力:画像認識論に置きました。
信じてはいないんですよ、それでも。

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