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◇遥かなる21世紀

「21世紀」が本当に来ることは当然分かっていました が、なんとなく絶対に来ない夢の世界のような感じも もっていました。

昔、
物語での「21世紀」は殆ど別世界と言える未来を表す キーワードで、現実感を帯びたものではなかったのです。

現実にはこうして「21世紀」を向かえ、早8年目と なっています。

まっとうな未来予測には決して出てこなかったのですが、 物語の21世紀に必ず登場するのが「空飛ぶ自動車」。
子供ごころにも「ま、これは無いだろうな」と。

「21世紀」はやがて来る未来というだけでなく、 物語に出てくる荒唐無稽なモノがからみあった言葉 なのです。

舞台が「21世紀」だと言えば、そこには科学が絡めば いかなるモノでも持ち込むことができました。
ロボットはもちろん、タイムマシン、 ワープ航法、宇宙人、と、なんでも許されたのです。

「2001年宇宙の旅(2001:a space odyssey)」という名で映画が 作られたことを見てもいかに昔はこの「21世紀」という言葉 が意味を持っていたかということを感じます(※)。 藤子不二雄の名作「21エモン」もしかりです。

残念ながら、
本当の21世紀になってしまった今となってはこの 昔の「21世紀」の物語性は失われてしまいました。

「21世紀」代わる新たな夢のキーワードって出てきませんね。
「22世紀」「23世紀」ではインパクトがない。

文句を言わせぬ未来世界を納得させるアイコンとしての 「空飛ぶ自動車」は健在で、

「控えおろう!この世界を何と心得る。恐れ多くも この世界は未来世界なるぞ。この"空飛ぶ自動車"が 目に入らぬか」
ということで、余計な科学つっこみは排除できそうですが、 やはりその世界を現す言葉が欲しいですね。

### ※
映画「2001年宇宙の旅」は当時"荒唐無稽"だった21世紀を 現実的なものとして見せようとする大胆なチャレンジだったの です。

人類の宇宙への進出は残念ながら頓挫したに等しいのですが、 「2001年宇宙の旅」が示したデザインは世界を21世紀へ 導くものとなりました。

映画「2001年宇宙の旅」では、コックピットには フラットで正方形の集中ディスプレイがあり、そこに各種情報が 表示されます。
娯楽用のディスプレイはフラットワイド画面です。
また、ディスカバリー号内では、飛行士は薄型の ペンタブレットに情報を書き込みます。
宇宙ステーションのロビーに置かれた曲線の椅子、 等々。
これらはまさに今、21世紀初頭の技術/デザインとなりました。

来なかった「21世紀」の例として「2001年宇宙の旅」のCGアニメなどをどうぞ

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「世の中進歩しないなあ」という感じも受けますが、 街は小奇麗になり、ビル壁面はガラス張りとなり、 例えば品川駅周辺など、自動車が空を飛んでさえ いれば間違いなく「21世紀」です。

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吊り下げ式のモノレールも「21世紀」ビジュアルだった んですが、流行りませんでしたね。
技術的には簡単だと思うのですが、無理があったのでしょう。
あれってどうやってポイント切り替えするんだろう? 梁を"ぐわっしゃーん"と動かすのだろうか?と 子供の頃疑問に思っていました;その辺りの問題でしょうか?

映画「華氏451度」では吊り下げ型の モノレールが"未来"を主張していました。かっこよかった んですけどねえ。

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